平安時代のカリンに関する記述について

 カリンが平安時代あるいはそれ以前に我が国に持ち込まれていたとするならば,平安時代にカリンの存在をほのめかす何らかの記録が残っているはずである。

 

そういう目で書物を探していると,『平安時代儀式年中行事事典』(2003年,東京堂出版)の中に,「榠櫨」の文字を目にした。正月上卯の日に邪気を祓う信仰に基づく儀式で用いられる「卯杖」についての解説である。

(図:源氏物語図典より)
(図:源氏物語図典より)

 

『平安時代儀式年中行事事典』には「卯杖」について以下の説明がある。

 

「正月上卯の日に邪気を祓うという杖を,天皇・東宮・皇后に献上する行事。中国の漢代に桃の枝で剛卯杖を作り鬼気を祓い除いたという故事によるもの。卯杖の形状については『延』大舎人式・左右兵衛式が詳しく,曾波木(そばき)・比々良木(ひいらぎ)・棗(なつめ)・毛保許(むぼこ)・桃・梅・椿・榠櫨(からぼけ)などの木を五尺三寸(約1.6m)の長さに切り,二株から四株を一束に結んで,さらにそれを二束から十六束の単位で献上する。・・・」

「左右兵衛式」に記載の「卯杖」
「左右兵衛式」に記載の「卯杖」

『左右兵衛式』は『延喜式』の中に記載されている。

 

『延喜式』は 927年に編纂された格式(律令の施行細則)である。

 

『校訂 延喜式』(臨川書店,1992年)で調べると,第47巻左右兵衛式の中に卯杖についての記載があり,確かに「榠櫨(メイサ)」が使われている。しかも,木瓜とは区別して書かれており,これはカリンが平安時代以前に既に渡来していたことを裏付ける重要な資料であると考えられる。

 

ところで,第37巻典薬式には「白花木瓜実」の記載がある。

 

東洋大学の富田徹男・大綱 功両氏(1978)は「The Geographical Distributions of Plants Used for Levy in the Book ''Engi-Shiki (延喜式)''」の中で,「白花木瓜実」の植物種について考察している。

 

自生種である「シドミ(クサボケ,Chaenomeles japonica Lindl.)」の花は朱色であって,白い花というのは見あたらない。一方,通常の木瓜(Chaenomeles lagenaria Koidzumi = Chaenomeles speciosa Nakai)は赤~白の種々の花をつけるが,渡来したのは16世紀以降である。

 

これらのことから,この植物種は「左右兵衛式」に記述のある榠櫨(Pseudocydonia sinensis Schneid.)であろう,と考察している。

 

つまり,「白花木瓜実」は「カリン果実」のことだろうというのだ。

 

カリンの花は「白」ではないが,木瓜の鮮やかな赤色に比べれば白っぽい桃色なので,このように記載されたのであろう,としている。

 

しかし,ボケの渡来が16世紀以降,というのは確かなのであろうか。一般にはボケも平安期に中国より渡来したという記述をよく見かけるのであるが・・・。